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初めて企画書をつくったら、クリエイターの存在理由がみえてきた。

こんにちは。SUGOI学生インターンのめぐみです。

突然ですが、これを読んでいる方へ聞きたいことがあります。

クリエイターは、どうして社会に必要なのでしょうか?
この世界にクリエイターが存在する理由はなんでしょうか?

恥ずかしながら、クリエイティブの会社に半年以上いながらも、この疑問を立ち止まって考える機会はありませんでした。

そもそも、クリエイターがこの世にいなければならないと言えないのであれば、クリエイターという肩書きを正々堂々と掲げることはできないし、SUGOIのようなクリエイティブの会社すら生まれていないでしょう。

だから、自らがクリエイターと名乗り、クリエイティブ会社でインターンをしている限り、クリエイターの存在理由は考えなくても生きていける。少なくとも自分が暮らしていく中では、その存在理由を言葉にできなくても、特に不便はありません。

「クリエイターはなぜ社会に必要とされているのですか?1000字程度で述べなさい」という試験をSUGOIに入る前に受けて、最低限のクリエイターに対する定義をみっちり教え込まれていれば別の話ですが、恐らくクリエイターとはなにで、どんな存在か?という問いの答えは、人間の数だけあるはずです。

仮に、SUGOIが掲げる「クリエイター=関係性をつくる人」という定義を持ち出すとしても、個人の経験や価値観によってこの答えの振れ幅はかなり大きくなります。

一方、答えの振れ幅が大きいからこそ、枠へはまりにいかなくてもいい存在と言えるかもしれません。

クリエイティブはいつどうやって価値付けられる?

誰かの期待に応えることではなく、期待や想像を超えていく、超えていいんだという文化を体現していく存在。それこそが、クリエイターなのではないか?という仮説を、私は最近持ち始めています。

だとしたら、それってめちゃくちゃスリリングというか、難しいというか、ないものをつくる?見出す?みたいなとても高いハードルを感じる気もします。

ただ、ハードルを超えたかどうかの判断基準は、どこにも落ちていません。

第三者的な評価を添えるならば、映像であればどれだけ多くの人に見られ、狙った反応があったか?や文章であればどれだけ多くの人の心を動かしたか?などかもしれません。

ただ、この第三者に評価されたかどうかという基準も、クリエイターがつくるしかない。

つくるものによって基準のつくり方も異なるはずです。

自分1人で完結したものであればクリエイター自身がつくっていいけれど、別のクリエイターやクライアントなど他にも一緒につくった人がいるのであれば、その人たちとクリエイティブを価値付ける必要がある。

先ほど言ったことを覆すようですが、このクリエイティブの価値は計測可能で客観的なものでない場合もあるでしょう。

例えば、クライアントが向かう先がはっきり見えるようになったとか、つくったものを見て一緒に何かつくりたいという人が現れたとか。ちゃんとした数字で表せなかったり、すぐに価値を決められるものでもないものも、つくったものの価値になりうるはずです。

そして、この価値があると言える理由は、つまり、つくったものが何かしらの本質を表現している、または表現する火種になっているからだと思います。

「なかなか言葉にできなかったけど、それ、私たちがめちゃくちゃ大事にしたいことだ!」

という風に、一緒につくった人たちもつくったものを受け取った人たちもモヤモヤが晴れるクリエイティブこそが、いわゆる本質を捉えたものと言えるのでしょうか。

じゃあ、本質はどうやって見つけるのか?

本質にたどり着くことは簡単ではないイメージは、恐らく多くの人に想像してもらえるかと思います。

私も先日、とある案件の企画書をつくった時に、見つけたいけど見つからないもどかしさを全身で受け止めたばかりです。

一番しんどかったのは、SUGOIのメンバーで話し合いながら企画を考えたにも関わらず、プレゼンテーションソフトを開いた画面を前にすると、全く手が進まないこと。

「明日、みんなに見てもらわないといけないのに」

ただそれっぽい言葉を並べるだけじゃなくて、自分の中でしっくりくるその案件の未来を想像した言葉を並べて、少なからずどこがどうしっくりきていない状態かを言えるようにしないといけない。

そんな焦りしかない夜を過ごし、なんとか言葉を並べた次の日。SUGOIのメンバーにその企画書を見てもらいました。

「嘘はついちゃいけないんだよね。自分が気持ち良くなるだけじゃダメなのが、企画書の難しいところだと思う」

SUGOIのCOOゆういちさんのzoom越しのフィードバックを受けて、めちゃくちゃ納得したけれど、じゃあどうしたらいいの?は見えてきませんでした。

ヒントは多くあると思っていました。ウェブ上の情報を参考にしたり、今までご一緒した中で話したことを思い出してみればいい。

だけど、このzoomの時間を通して、結局は誰も答えは持っていない、というか答えはまだこの世にないのではないか?という予感が膨らんでいました。

つまり、誰かが書いたり、話したりしたことをつなぎ合わせれば企画書が出来上がる訳ではないのです。たくさんのヒントを根拠に、「これが、本質です」と言えるものを見つけなければ、永遠に企画書は完成しない。

でも、その本質、企画にとって必要不可欠なものを見つけるのもめちゃくちゃしんどい。

というのも、ゆういちさんのフィードバックを受けて、もう一度企画書を練り直したものの、今度は大切そうなことがたくさん出てきて、選べない。

「うー散らかっている…けどひとまず!」

と再びメンバーに見てもらったものの、「迷ってる?」の一言で、「あ゛ーそうですよね、迷ってるっちゃ迷ってます…」と何もかも見透かされるフィードバックを受けたのでした。

ということで、もうひと練りをすることになったのですが、ここからもしんどかった。

これ大切そう、必要そうと出したものの中から、一つ選ばないといけない。適当にじゃなくて、一番本質に近いところにありそうなものを。

逆に言うと、その一つ以外は手放さないといけないんです。よくある「無人島に一つだけ持っていけるとしたら、何を選ぶ?」の状況ですね。

この手放すという決断には、とても勇気がいります。

「もしこれを手放して、やっぱり必要だったってなることはないかな…」というもしもが膨らむと手放すことが怖くなるし、「どっちもいいところがあるから、半分にして0.5+0.5=1のものを新しくつくって、それを選べばいい」と考え出すと、返って中途半端なものが出来上がる。

それだと、企画にとって本当に必要なものを選ぶという本来の目的から逸れてしまいます。

あくまでも、一番シンプルな着飾らない言葉から一つを選ぶ。

やるべきことはたったこれだけのはずなのに、「迷ってる?」と言われた企画書のアップデートは全く進みませんでした。

でもそうして足踏みをしているときに思い出したのは、SUGOIの代表陽児さんの言葉でした。

「それを届けたい1人の人を想像しながら書いてみて」

実は「迷ってる?」と言われた直後、上手くまとめられない私の様子を見兼ねてメンバーみんなと想像させてもらったのは、どんな人へ届けたい映像か?というテーマでした。

「あの時想像した人に手を伸ばすためには、どういう言葉が似合うだろう?」

とても曖昧な切り口ではあるのですが、こう問い続けるうちに、たくさんあった大切っぽい言葉の中からいつの間にか一つを残したいと思えていました。

誰かの顔を思い浮かべれば、本質は浮かび上がってくる

「問題の本質を捉えます」とか「エッセンシャル思考は大事だ」とか、ある事象においてより大切なことを考えたり、見つけたり、議論することについて、最近よく耳にする気がします。

そして今まさに、私もその本質について企画づくりを通して考えたことを記事にしています。

ただ、何が本質かは、誰も答えを持っていません

Aさんが「これが本質だ!」と言ったって、Bさんが見れば「それは本質じゃない。こっちの方が本質だ!」というように、何が一番大切なことかは人や場所に左右されます。

でも一つだけ思うのは、クリエイターとは本質を本質だと言い切る存在で良いということ。

一緒に何かをつくる人たちで話し、考え、つくろうと思えるならば、それはきっとその人たちが大切にすべきと思うこと、つまり本質なのです。

本質を見つけ、信じ、広めていく存在として、きっとクリエイターは必要。

私はまだまだ見つけることも、信じることも、広めることもできないけれど、そうしようともがく時間はきっとどこかで出会う人を動かす力に繋がると信じて、また今日も進んでいこうと思います。

以上、今週の「ど素人インターンがみたクリエイティブカンパニー」でした!

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