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パターソンが描く芸術の真の目的 僕らの学習帳 vol.121

ジム・ジャームッシュ監督の「パターソン」という映画は「退屈」です。

大きな事件が起きるわけでもない、運命的な恋愛があるわけでもない、世界を救うヒーローが出てくるわけでもない。ごく普通のバスの運転手の規則正しい1週間を描いた映画です。1つ変わったところがあるとしたら、彼は詩を書く、ということくらいです。

映画は月曜日の朝から始まり、ちょうど1週間で終わります。朝6時過ぎに起きて、朝食を食べて出勤する。昼休みには、ランチを食べながら秘密のノートに詩を書きつけます。そして仕事を終えると家に帰り、奥さんと食事をして、夜は犬の散歩がてら近所のバーに寄る。

この規則正しい1日を繰り返していくだけ。


あらすじだけで判断するなら、最初に言った通りとても「退屈」な映画です。それでも、見ている間中、とても幸せな感情に包まれます。それこそがこの映画の「動機」であり、伝えたいメッセージでもあったと思います。

この映画のタイトルは、主人公の名前パターソンから来ており、さらには彼が住む町の名前パターソン(アメリカに実在する街です)から来ています。しかし、実はもう一つ「パターソン」という言葉が隠れています。

それが、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズという詩人が書いた「パタソン」という長編詩です。このウィリアムズ自身もパターソン出身で、自分の暮らすパタソンについて書いたものでした。

監督であるジム・ジャームッシュがこれを読んだときに、いつかこの詩の映画を作りたいと思ったとあるインタビューで語っています。


ちなみにこのウィリアムズという詩人は詩人として知られていたわけではなく、町の小児科の先生として働きながら、詩を書きためていました。それと同じように、この映画に出てくるパターソンも、バス運転手をしながら、詩を書きためています。

奥さんには、この詩は世間に公表するべき素晴らしい詩だと言われますが、当の本人はあまり乗り気ではありません。

この詩を描きながらも、芸術表現をしながらも、それを不特定多数の人に訴えかけようとしないこの姿勢にも、出典があります。

ニューヨークで活動していた詩人のフランク・オハラです。ジム・ジャームッシュ自身も、「パタソン」以上に、フランク・オハラに影響を受けたと勝てっているほどです。

しかし、その影響はフランク・オハラの詩ではなく、彼のアート宣言である「パーソニズム宣言」というものです。


人間主義とも、個人主義とも異なる、パーソニズム宣言。それは、「特定の誰かのための表現」という意味です。

不特定多数の人に読まれるための創作ではなく、愛する人に向けてのみ作られた芸術のことを指します。

技巧に、詩で言うならば韻律やリズムにこだわる必要はなく、愛する人への気持ちをストレートに表現することが芸術には大切なのだと言う考え方です。

ジム・ジャームッシュは、この考え方に強く影響されて「パターソン」と言う映画を作りました。

それは、世間に対するメガホンのようにメッセージを伝えるのではなく、愛する人に向けての表現です。その強い愛情が伝わるように心を尽くすことによって、似たような気持ちを持っている不特定多数の人に「結果的に」伝わるべきだと、考えているのです。


今回の僕らの学習帳は、「映画には「動機」がある」の第5章「なぜバスの運転手は詩を書くのか?」から、お話ししました。



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