人間らしさの本質は、「無駄」にあった? 僕らの学習帳 vol.144
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人間らしさの本質は、「無駄」にあった? 僕らの学習帳 vol.144

私たちはドラマや映画を見ながら、あの役者は演技が上手い・あの役者の演技はわざとらしい、とよく言ってしまいます。

でも、そこで、その演技の上手い・下手はどこで決めているのですか?なんて聞かれたら、きっと言葉に詰まってしまいます。

いったいどこで判断しているのだろう?演技がうまいとはどういう状態を表すのだろう?その答えの一つが(あくまでも一要素です)その演技に「無駄」があるかどうかです。

無駄、工学者がよく言うところの「ノイズ」であり、認知心理学で言う「マイクロスリップ」のことなのですが、この無駄が入っている状態が、良い演技と感じやすいのです。

たとえば、水を飲むとき。私たちはコップに手を伸ばし、そのコップを持ち上げ、コップを口まで持ってきて、そのコップから水を喉へと流し込みます。そして、口に入ってきた水を飲み込みます。

この間、私たちはこの動作だけに集中していることはほとんどありません。全身をコップに集中して飲むような事態の方が稀です。

だから、その間に無駄な動きがたくさん入ります。コップに手を伸ばすときに、一瞬ためらったり、足を組み替えたり、コップを持ち替えたり、そういった無駄を、私たちは無意識に行っているのです。

この無駄が削ぎ落とされてしまうと、ぎこちない、わざとらしい、しらじらしい演技となってしまうのです。何がとはいえなくても、そこに無駄の欠落を感じてしまう。

これが、演技のうまい・へたのカラクリです。言い換えるなら、無駄・ノイズ・マイクロスリップが入っている状態が、自然な演技であり、リアルな演技となります。

つまり、私たち人間には、無駄な部分、ノイズとしかいえない部分が豊富に含まれていて、それが人間らしさの表現として成立しているのです。

効率や無駄を削ぎ落とすことが求められている現代において、そもそもの人間らしさとは、無駄が作り上げているというのです。そう考えてみると、「無駄」や「ノイズ」をもう少し大切にしてみてもいいのかもしれません。


今回の僕らの学習帳は、6月の本で遊ぶじかん2で扱った「わかりあえないことから」から、お話ししました。動画では、このテーマについて、SUGOIのメンバー4人で話をしています。さらに考えるきっかけに、動画をぜひご覧ください。


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