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自分にウソをつかなくていい、この心地良さをシェアできる人がいればいいな。

"そんなこと、やりたい人なんているんですか?"

その一言に、沈黙するしかありませんでした。いまここで始めようとしているものは前代未聞です。そして、もしかしたら、だれも必要としていないかもしれません。

そうなんです。やりたい人がいるのか、どうかなんてわかりません。

開き直りのような言葉をはいて、責任逃れをしようというわけではありません。ただ、本当にわからないのです。

こんにちは、COOという肩書きながら、自分のやることの費用対効果が分かっていないゆういちです。


私はよく素直すぎるとか、出し過ぎだとか、顔に出てるよとか、注意をされてしまいます。好きも嫌いもすぐに顔からあふれ出しているそうです。(自分では人見知りのシャイで、感情表現が苦手だと思っています)

好きがあふれているから一回止めて、なんて冗談で注意されることもあるのですが、そのたびに、こう思うのです。

なぜ好きを隠さなきゃいけないんだろう?って。

自分が素直にこれいい!って思ったことも、なぜか隠さなきゃいけない場面があります。好きも、いい!も、空気を読んで出すのが良しとされます。そんなことは、分かってはいるのですが、それって寂しいな、ってよく思います。

好きを好きっていい、楽しい時に楽しいという。そんなシンプルなことをできるだけで、きっと毎日が楽しくなるはず。そう信じています。

でも、「そんな好きをあふれさせる=自分をさらけ出す」なんて、やりたい人がいるんですか?と聞かれたら、正直なところ、わかりません。うまくいかないかもしれない。こんなこと思っているのは、私ひとりかもしれない。

それでも始めてみようと思いました。それが、「自分報コミュニティ」です。好きを好きと言える場所、自分が自分でいれる場所、つまり、自分に嘘をつかないでいい場所。

それが、「自分報コミュニティ」です。


1:自分報、はじめてみませんか?

自分報とは、文字通り、自分について発信することです。なんとなく思ったことをフワッとしたまま書き出す。そんな場所だと思ってください。

そんなの面倒臭いよ、なんでやらなきゃいけないの、こんな反応が聞こえてきそうです。

自分報をやる目的、それは、自分を知ることができます。知っているようで知らない自分。この自分という存在を発見できるのが、自分報です。


2:分報から自分報へ

この聞きなれない「自分報」を思いついたきっかけは、「分報」というものがきっかけです。ご覧のとおり、分報に一文字足しただけです。自分報。

分報とは、という話をここで繰り広げるとそれだけで長くなってしまうので、それは、こちらのnoteを参考にしてください。めちゃくちゃわかりやすく有意義なnoteです。

クックパッドのマーティンさんのnoteです。(このnoteの掲載・自分報コミュニティについて、マーティンさんには事前に連絡しております)

こちらのnoteの内容をざっくりと説明すると、分報は日報のアップデートです。会社で書く報告書のことです。

日報は、日に一回だけ、自分の仕事について報告するもの。
分報は、日に何度でも、自分の仕事や進捗についてつぶやきのように共有するもの。

なんだか面倒臭そうですよね。1日1回でも大変なのに、、、それを何度もなんて。ということですが、大切なことは書式や形式、なども気にせず、ここ悩んでいます、とか、これこうなった、とか気軽につぶやき続けること。

そうすると、それを見ていた人とのつながりが生まれて、思いがけないリアクションをもらえて、仕事がはかどる!!これが分報とその効果です。


3:分報やtwitterとなにが違うの?(同じです)

この分報をアップデートして、自分報を導入しましょう、というお話です。自分報とは、読んで字の如く、自分のことを好き勝手気ままにつぶやくチャンネルです。(Slackのチャンネルを自分で持つイメージをしてください。)

そうすると、分報と同じだよね?って声が聞こえてきそうですが、そうです、同じです!

同じですが、唯一違うのは、仕事に限定しなくていいし、生産性も関係ないです。

「ねこかわいい」とつぶやいてもいいし、「お腹すいたけど、お昼食べるのめんどくさい」でもいいし、「この映画おもしろそう」でもいい。

なんでもいいのです。

そうなってくると、それってTwitterと同じだよね?って声が聞こえてきそうですが、そうです、同じです!(2回目)

同じですが、Twitterの世界でやらなくていいんじゃないか、いややらない方が価値があるんじゃないかと考えています。


4:フォロワーという数字に疲れた

フォロワーの増やし方、フォロワーを増やすためのアカウント、価値のあるツイート。そんな言葉がどこからともなく、耳に入ってくるこの時代です。

Twitterで自分報を始めるつもりでやっていても、いつのまにかこう思ってしまいます。

あれ?いいね、つかないな。お、いいねがついた!この一喜一憂に心が左右されることに疲れているのではないでしょうか。

だからこそ、自分がどう思っているか、と同時に、これがどう受け止められるかをつい考えてしまいます。自分が何が好きか、と同時に、これってどれくらいウケるかを考えてしまいます。

そして、それはいつの間にか私たちの心をチクチクと痛めます。まるで、自分が好きなことよりも、みんながいいねというものの方が価値があるかのように感じてしまいます。

でも、そうじゃない場所があってもいいよね。好きを、自分を、素直を出せる場所があってもいいよね。それが、自分報です。

私はこれが好き。あ、これ面白いなぁ。なんだろう、これ?え、これスゴイ。。。なんて言葉をただ吐きだす場所。


4:リアクション(=評価)はもういらない

自分報で大事なことは、リアクションを期待しない。自分が好きを発信する。それだけです。

そこには、リアクションは想定されていません。リアクションが想定されていないということは、評価もされません。

家の中で一人で鼻歌を歌っているときのことを思い出してください。あのとき、誰もあなたの歌を評価しません。キーが違うだの、リズムがどうだの、歌詞が違うだの言いません。言われなくていいんです。

だって、好きだから歌っているのですから。そこにリアクションは必要ありません。

だからこそ、評価をされない場所、リアクションが前提となっていない場所であることが必要です。

それが、この自分報コミュニティです。


評価からも、リアクションからも、こうしたほうがいいのかなという期待からも自由になって、自分と向き合ってください。向き合うと言っても堅苦しい話ではありません。

ただ、自分のことを、つぶやくだけです。そうやって、自分の感情や考えや想いを言葉にして積み重ねていってください。


5:一体なんのために?

それってなんのために?とそう思うかもしれません。

ここまで読んでもらった人を裏切るようで申し訳ないですが、それがなんのためかはわかりません。ただ、自分の言葉を積み重ねていくだけ。それだけです。

それが、何にもならなくていいんです。何かにならなくても、何者にもならなくていいんです。

ただ、それがそこにある、それだけでいい。それがこのコミュニティです。


6:予想できるゴールが見えないからこその価値

この自分報にはゴールも、達成目標も、ノルマもやるべきこともありません。

でも、ないからこそ、たどり着くかもしれない場所があります。それは、目的地まで走っていたら見つけられなかった素敵なカフェや、散歩しないと気づけなかった名前も知らない花とか。

そんな目指してなかった、狙ってなかった、考えてもいなかった場所にいける「かもしれない」。それが、この自分報です。

たまには、打算や効率を捨てて、寄り道してもいいじゃないですか。


7:偶然が人生を変えてくれる(かもしれない)

人生の転機とは、ささやかなものばかりです。兄がやっていたギターに憧れて、たまたまテレビで見た職業に心奪われて、友達に誘われて行ったイベントで。

決意を固めて張り切って踏み出した一歩よりも、偶然よろけて踏んでしまった一歩の方が、後から考えると重要だったことがよくあります。

偶然に生まれたつながりが、人生を大きく変えてくれた。過去を振り返ってみれば、そんな偶然が、あなたにもあるはずです。

この偶然を楽しむ場所が、「自分報コミュニティ」です。

自分報には、リアクションも評価も、はっきりとした目標もありません。このわかりやすいゴールがないからこそ、思いもしなかった変化、偶然を楽しめます。


8:自分報、はじめてみませんか?(2回目)

ここまで読んでいただきありがとうございます。自分のことを発信し続けていたら、気づけば思いも寄らないところにたどり着いていた。そんな偶然を楽しめる場所にしていきたいと思っています。

あなたの自分報を楽しみにしております!参加はこちらから!


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