私たちにも森が必要?! 僕らの学習帳 vol.160
見出し画像

私たちにも森が必要?! 僕らの学習帳 vol.160

株式会社SUGOI  愛とアイデアのある会社

なんで学校に行かなきゃいけないの?という質問を親にして困らせたことがある人はたくさんいると思います。

毎日まいにち、教室に座って、授業を聞いて、宿題をする。それがあなたのためになるんだからと言われて、わかったようなわからないような気分になりながら、学校にいく。

大人になってあの時の勉強が確かに意味があったと思うものもあれば、一体なんの意味があったんだろうとわからなくなるものがあるのも事実です。

だからこそ、なんで勉強しなきゃいけないのだろう、と考えるとわからなくなってしまうこともあります。

この勉強というものの意味を、考えるには、学校にほとんど全く行かない人、つまり勉強に価値を置かない人たちのことを知ることが、いいヒントになります。

いまでも、狩猟採集社会を営んでいる「プナン」という」民族がいます。彼らは、東南アジアのボルネオ島に住んでいます。

一言でいってしまえば、彼らは、学校に行きません。

狩猟採集民には、学校なんて無いから行けるはずない、と思うかもしれませんが、彼らの地域に小学校が設立されたのは、もう30年以上も前のことです。

この30年以上の間に、小学校を卒業したものは、20人程度です。それは子どもがいないとか、お金がないとかそういう外的な要因ではなく、シンプルに学校に行かないから、それだけのようです。

つまり、行きたくないから行かない。親たちも行かせたくないから、行かせない。それがプナンと学校教育の関係です。

では、プナンの人たちは生きる知恵をどうやって学ぶのか。それは彼らが集団で行う狩猟キャンプです。この狩猟キャンプに大人たちと一緒に子どもがついていき、その中で、魚の釣り方、果物の集め方、狩りの仕方など生きていくのに必要なことを学んでいきます。

森が学校の代わりになるとでもいえるほどに、プナンの人々は、森に行って遊び、冒険をして、経験を積みながら、さまざまなことを学んでいくのです。そこには「教育を受ける」という考えは薄く、自分たちで体験によって学ぶという姿勢のようです。

そう考えると、私たちとプナンの人たちは、学校や勉強というものに対して全く違う考え方を持っています。

プナンの人たちは、1日のほとんどを食料を手に入れることに時間を使っています。逆に言えば、この食料を生きていくだけ手に入れることができれば、生活力があるということになります。

それに対して、ほとんどの日本人は、働くことで生きていくことが可能になります。社会に入って、そこのルールに従って労働をすることで、賃金を手に入れる。そのお金で衣食住を満たすことで、生きています。

この生活を実行するためには、どうしても社会のルールを理解し、それに従える能力が必要です。これが、日本社会に学校というものが存在する理由の1つであり、子どもをどうしても学校に行かそうとする親の思考です。

そんなことはわかっているけれど、それでも森に入って、生きることに直結する学びを手にしているプナンの人々が羨ましくみえてしまうところもあります。

私たちはあまりにも形式に縛られた学校教育や学びというものを改めて考え直し、プナンの人たちにとっての森のような存在を見つける必要があるのかもしれません。


今回の僕らの学習帳は、9月の本で遊ぶじかん2で扱った「ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと」からお話ししました。

こちらの本は、SUGOIで毎月開催している読書会「本で遊ぶじかん2」で扱ったものです。

誰もが参加できて、読書だけじゃなく、楽しい議論もできる読書会です。興味のある人は、ぜひこちらのnoteのマガジンをご覧ください。


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!
オススメありがとうございます!

このnoteを書いたSUGOIって、どんな会社?

あなたのスキに感謝です。youtubeもよかったら見てください!
株式会社SUGOI  愛とアイデアのある会社
「つくりもの」をつくらない、つくる会社 | メンバー全員がクリエイター | 企画立案から実制作まで、「愛とアイデア」をもって行います | 映像、グラフィック、ウェブ、ブランド、プロジェクションマッピング、ホログラム、etc | note毎日更新しています、フォローお願いします!