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情けない仲間も情けない自分も、ゆるせるようになりたくて

「情けないよ」

画面越しにSUGOIの代表ヨウジさんがそう言うのを聞きながら、私は目に涙が溜まっているのを感じていました。

悲しくも悔しくもないのに、どうして?

涙の理由を言葉にしづらくてモヤモヤしています。SUGOI学生インターンのめぐみです。こんにちは。

情けないと口にしたヨウジさんの裏側で、実は私も自分のことを情けないと思う場面が多くありました。

何度やってもコツが掴めないYouTubeのサムネイルづくり。
目の前のことに必死で永遠に時間が足りない動画編集。
私がいる意味あるのだろうかと逃げ出したくなるミーティング。

どれもこれも、今までnote記事に書いたり他の人に話したりしながら「次こそは!」と前進したいと思い続けてきたことです。

なかでも今週、サムネイルづくりでやらかしたこと。それは、ヨウジさんに「楽しんでやろう!」と声を掛けられたことです。

ちなみに、SUGOIで大切にしている価値観の一つに「enjoy」というものがあります。例え苦手なことが仕事としてやってきたとしても、どうやって楽しめるかを考える続けることが大事。そして、結果的にその姿勢がよいクリエイティブにも繋がるという考え方です。

この観点からヨウジさんからかけられた言葉を考えると、私はその楽しむという姿勢が弱かったなぁと思っています…。

ヨウジさんにその一言を言わせてしまったということは、私がサムネイルづくりを楽しめていない空気が、電話越しにヨウジさんへ伝わったのではないか?

やらかした、なんて表現は大袈裟かもしれません。

でも、何度作ってみても、自力でたどり着ける距離がなかなか伸びない情けなさを感じていたのは事実です。だから、声や文章を通して、自信のなさや楽しんで作る余裕がないことがさりげなくヨウジさんへ伝わっている気もしていて。

そんなことを考えているうちに、時間を作ってくれているヨウジさんへの申し訳なさとか、とはいえいきなり上達するわけでもないもどかしさとか、そういうものが絡まって、また新たな情けなさが生まれてくる感覚がしました。

とはいえ、これくらい小さな悩みならば、誰かに相談することもなく自分の中に積もっていくものです。

「今は〇〇ができなかったから、次からは△△しよう…」

仕事中に積もる情けなさに心がやられないようにするには、こうして自分を鎮めるくらいしかできない。でも誰にも明かすことがない、自分しか知らない情けなさです。

だからこそ、ヨウジさんのあの言葉にどうしようもなくなったのでしょう。

「情けないよ」

今進めているプロジェクトの一つが、当初の予定通りに進まなくなりそうだという話を社内でしていた時のことです。

何が起きて、プロジェクトが予定通りに進まなそうなのか。
SUGOIはどうその状況へ向き合えばいいのか。

他のプロジェクトと同じように、ヨウジさんはメンバー4人の認識を揃える話を丁寧にしてくれました。この時間は、4人の中にある「きっとこうだろう」を机の上に並べて、4人が同じ方向へ進む準備だと私は思っています。

そして、この話をするヨウジさんは、いつも落ち着いているように見えます。どんなに大きな方向転換でも、スピード勝負の判断をする場面でも、私から見えるヨウジさんは冷静です。

でも、この日のヨウジさんの様子は違いました。正確に言えば、実は違うとこの言葉を聞いて気づいたのです。

「今起っていることを、みんなが納得して前に進めるように伝えられない自分が、情けないよ」

この話をする時はいつも強くいるはずのヨウジさんが、情けないと、弱さを見せている。

そう気づいた時にはもう、私の目には涙がありました。

この涙の理由は正直ちゃんと言葉にできていません。

ヨウジさんに共感したからなのか?
張り詰めた気持ちが緩んで安心したからなのか?

あの時を思い出して、どうして涙が出たんだろうと考えるけれど、やっぱり納得できる答えが見つかりません。

ただ、一つだけ答えに近そうな理由を思いつきました。それは、情けなさをゆるさなければと思った、という理由です。

ゆるすにはいくつか意味がありますが、ここでは「責めないこと」という意味が一番合っているでしょうか。

自分自身の中に溜め込んでいる情けなさは、人に見せる機会がないというより、見せずに生きていけたらいいなと心の底で思っているものです。

なぜなら、情けなさを言葉にする、つまり情けなさと向き合うことが怖いからです。言い換えるなら、情けない自分をゆるせないから、情けない自分を見たくない。

でも、ヨウジさんが情けないと思う気持ちはゆるしたい。ヨウジさんを責めることはできない以前に、ヨウジさんに限らず他人を責めることをするつもりはないからです。

にも関わらず、情けない自分のことは責めて、心の端に追いやって、見ないようにする

なんだかとても矛盾したことをしています。他の人が思う情けなさはゆるしたいのに、自分が思う情けなさはゆるせない。ゆるせないからこそ、積もり積もって、自分のことがもっと嫌になる。

だから、ヨウジさんの言葉を聞いた時の涙は、この情けなさをゆるす感覚を知った驚きの涙だった。今は、この理由に一番しっくりきています。


ただ、情けない自分をゆるしてあげることが、どれだけ大切なのかもゆるす方法もよく分かっていません。

でも、きっとこれからもっと多くの他人をゆるし、自分をゆるそうと足掻いてみた先にぼんやりと浮かび上がるものな気がしています。

すぐに分かる、なんてものではありません。だからこそ、あの時ヨウジさんが「情けない」と言葉にしてくれたこと、そしてあの時ふと出てきた涙の意味をこれからも考え続けながら、今日を過ごしていこうと思います。

以上、今週の「ど素人インターンがみたクリエイティブカンパニー」でした!

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