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石原慎太郎はよくわからない 僕らの学習帳 vol.136

石原慎太郎という人が、世に出たのは「太陽の季節」という小説でした。この小説が芥川賞を受賞し、さらにそのセンセーショナルな描写が話題になりました。

その後、ベトナム戦争の時期に、石原さんは読売新聞の依頼でベトナムへと行きます。米軍と行動をともにしながら、ベトナム戦争の取材をして文章を書くというものでした。

この行軍作家として、ベトナム戦争を取材しているときに石原さんは驚くべき行動をします。

石原さんと日本の記者たちは、米軍将校の案内で各地を見て回っていました。そのとき、南ベトナム解放民族戦線に向けて、アメリカ軍が砲撃をしようとしていました。

このとき、米軍将校が、石原さんに「お前、引き金を引いてみないか?」と聞いたのだそうです。

従軍作家はもちろん兵士ではありませんし、銃を持つことも想定されていません。しかし、石原さんは「よっしゃ」と言って、大砲を発射しようとしたのだそうです。

それをみた石川カメラマンが、石原さんを止めたのだそうです。「あなた、そんなことをしてはいけませんよ」と。

この時のことが公になっているのは、関係者からの言葉もあったのかもしれませんが、本人もためらいもなく記事にしているのだそうです。ちなみに、この時のことを石原さんはこう書いています。

「この時、石川カメラマンがあまりに悲しみの目で私に優しく諭したものだから、思わず私は引き金を引くことをやめた。しかし、あの時もし石川カメラマンが『そんなことを絶対やっちゃいけない』というふうに強行に反対したら、あまのじゃくの俺としては引き金を引いていたかもしれない」


このベトナム戦争の行軍作家から帰ってきたあとに、選挙に出ます。1968年の参議院選挙でした。

この時の石原さんは全国区という選挙区で立候補します。そのときには弟の石原裕次郎さんの人気・知名度も活用して、史上最高得票の301万票(当時)を獲得して、当選を果たします。

これをきっかけに政治の世界に入った彼は、参議院議員→衆議院議員→都知事選(落選)→衆議院議員(入閣)→都知事選(当選)→衆議院議員(日本維新の会)と、目まぐるしいほどの政治活動を行っていきます。

これをどう評価したらいいのか、総理大臣になりたいための行動なのか、秋っぽいが故の行動なのか、どうもつかみどころのない人のようです。


今回の僕らの学習帳は、「日本の戦後を知るための12人」の第8回「石原慎太郎 暴言と思いつきの長期都政」から、お話ししました。


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