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自己中心的に見えるけれど・・・ 僕らの学習帳 vol.076

「子どもは学校に行くべきか」という問題を考えてみると、

答えは、「はい、行くべき」と「いいえ、行かなくてもいい」の2つに分かれるでしょう。しかし、「いいえ」の理由には実は2種類あります。

まずは、行きたくない場合は行かなくていいという考え方、つまり、自分が快適であればそれでいいという自己中心的な考え方です。

その一方で、本当は行くべきだけど、行くことによって精神的苦痛を味わうくらいなら、行かなくていいという考え方、つまり、私たち(世間)の考え方と自分の考え方を相対的に比べた上で、いいえと答える考え方です。

ちなみに、「はい」という答えの背景はとてもシンプルです。それが義務教育であるから行くべきだという、自分の所属する集団を中心に考えているからです。

このように、その人の発達段階に応じて、答えは変化します。その中で問題となるのが、「いいえ」の背後に、両極端な思考が隠れているところです。

これをまとめると以下のようになります。

自己中心的段階(エゴセントリック)
自己中心的な視点で、自分の快不快だけが価値基準になっている
合理的な判断を身につけていない状態:前ー合理主義的段階

自集団中心的段階(エスノセントリック)
社会に存在する他人のことも考えられるようになっている
合理的な判断を身につけている状態:合理主義的段階

世界中心的段階(ワールドセントリック)
自分たちの視点を絶対化しないで、多様な視点を統合できる
合理的な判断を超えて、主体的な判断ができる状態:後ー合理主義的段階


このように、人は自己中心から世界中心へと発達していくのですが、会話の中だけでは、合理主義を乗り越える前なのか、乗り越えた後なのかが判断できません。

そのため、世界中心的段階の人の発言が、自己中心的に見えてしまったり、合理性を欠いているようにみられたりします。

その一方で、自己中心的な発言が、この世界のルールを新しくしてくれる希望であるかのように見えることもあります。

このどちらの混乱もとても起こりやすいので、注意が必要なところです。



今回の僕らの学習帳は、「入門 インテグラル理論」の第6章「発達についてのよくある誤謬」から、お話ししました。

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