教育とクリエイティブはつながっている。そう気付いたら、私の人生は自由になった。
見出し画像

教育とクリエイティブはつながっている。そう気付いたら、私の人生は自由になった。

株式会社SUGOI  愛とアイデアのある会社

今日のSUGOIのnoteは、特別バージョンとなっております。

縁あってライターさんに、SUGOIのメンバーをインタビューしてもらい、その半生を記事にしていただきました。

今回は、SUGOIの学生インターンの加藤恵美です。タイトルにもあるように、一見混じり合うことのなさそうな教育とクリエイティブの間に、インターン恵美がたどり着いた理由。こちらの記事を読んでいただければ、その理由も、今どんな思いで、どんな仕事をしているのかも、よくわかります。

普段はなかなかゆっくりお話する機会のなかったことにゆっくり耳を傾けていただき、丁寧に言葉を重ねて記事にしていただきました。ぜひ読んでください。


教員になろうとしていたら、クリエイターになっていた
こんな人生の方向転換が、本当にあるのだろうか。

加藤恵美(めぐみ)さん
クリエイティブ・カンパニーのSUGOIにやって来てから、1年半が経つ。まだインターンの最中であるが、来年の4月には晴れて正式な入社が決まった。

クリエイティブ業界へのインターン生というものに、世間はどんなイメージを持つだろうか。
Premiere ProやIllustratorをバリバリに使いこなし重宝されてるイメージ?
それとも制作現場に同行してタレントさんと出会える、役得なお仕事?
いずれにしろ、元々クリエイティブに関心のある人でなければ足を踏み入れない、敷居の高さを感じることだろう。

ところが、加藤さんのまたの名は「ど素人インターン」という。入るまで、クリエイティブの世界自体が未経験だったというのだから驚きだ。

はじめまして!
8月中旬からSUGOIで大学生インターンとして働いているめぐみです。
大学では教員養成課程、つまり学校の先生になる勉強をしています。

これは、加藤さんが初めてSUGOIのインターンとしてnoteに公開した記事だ。それから毎週1本、「インターンめぐみのモヤモヤのち晴れ」というマガジンに記事を書いているという。


加藤さんは、身分としてはまだ学生のまま。教員の養成で名高い国立大学に、休学もしながら6年目の籍を置いている。
'98年生まれの23歳。周りの同級生達はみな、社会人2年目を迎えた。

教育実習も終え、後は卒業するだけというタイミングで突如決めた休学。生半可な考えでそうしたとは、とても思えないのだ。


加藤さんは今や、決して「ど素人」のクリエイターではない。誰に言われずともアイディアを出し、手を動かす。

SUGOIの数あるSNSの運営は、もはやコミュニケーションが誰よりも得意な加藤さんがメインで担当し、撮影を伴うものではクリエイティブ・ディレクションも当たり前に行い、カメラのシャッターも切っている。
また映像の撮影現場やエディティングにも関わるというのだから、その成長ぶりと伸びしろは目を見張るものに違いない。

元々教員を目指していた加藤さんが、なぜクリエイティブな仕事に打ち込むようになったのか。
彼女の中にある「教育」と「クリエイティブ」への思いを伺ってみれば、その共通項として、何かが立ち現われて来るはずである。

●余白のある場所を探して

およそ2年前、加藤さんはPCの検索画面に向かって考えあぐねていた。
自分が考えていることは、世の中のどこで実現できるのだろうか。いくら考えても具体的な場所が思い浮かばない。

周りの友人達はみな卒業し、社会人生活をスタートさせていた。そんな中で、自分だけが立ち止まっている。周りに「どうするの?」と聞かれても、返す言葉が見つからない。そんな状態も不甲斐なかった。

頭の中に思いつく言葉を、検索画面に入れてスペースで区切る。
「余白 会社」
そう入れてエンターキーを押すと、現れた検索結果の中にSUGOIのnote記事があった。

「余白」なんてことを考えて発信している会社は、どこを探してもないんですよ。でも私にとっては、この二つの言葉を並べることが必要だったんです。今考えるとおかしいですよね(笑)。あのときSUGOIの記事にヒットして本当に良かったと思います。

ーーなぜ「余白」が加藤さんにとって大事なキーワードになっていたんでしょうね? 就活してる大学生が、会社検索に使うようなワードではないと思うのですが…。

本当にそうですよね(笑)。私の中に元々あったわけではなくて、「余白」や「ビジョン」という言葉は大学を休学して外に目を向けるまで、全く意識したことがなかったんです。SUGOIの前に教育系のNPOでインターンをしていたのですが、そこでこの2つの言葉に出会い、その意味を考えるようになりました。

私はあまり自己発信しないタイプというか、バリバリした大学生ではないんですね(笑)。どちらかというと受け身で、世の中で感じる違和感をずっと心の中に貯め続け、ギリギリにならないと表現したり行動したりができないタイプで。そうなってからでは、結構しんどいんですよね。

でも、「ビジョン」という考えがあれば、自分の中に違和感を貯め続けるのではなく、逆に「こうありたい」という気持ちに変えて持っておくことができる。それがこんなにも自分を生きやすくするのか…ということに、このNPO時代に初めて気付いたんです。

「こんなにも自分を生きやすくするのか」。
そう思った加藤さんの中には、どうやらこれまでに大きな悩みが溜まっていたようだ。

●教育実習でガーンと考えが変わった

加藤さんが卒業目前の大学を休学することに決めたのは、'19年のこと。決意を伝える電話を実家にかけながら思わず涙すると、ご両親は何も問うことなく背中を押してくれた。

大学のある東京から離れたのはしばらくぶりだった。新しい生活の地は、地元の福島。「教育」にこの自分がどう関われるのか、ちゃんと答えを出しておきたかったという加藤さん。

先生になるのが、小学生の頃からの夢だったんです。子供って、一番日常で多く触れる大人が先生なんですよね。私の場合は周りに良い先生が多かったので、自然と憧れるようになりました。

私の通っている教育大学は、日常の講義を受けることが教員免許を取るためのカリキュラムになっているんですよね。最後に教育実習を受けて免許を取り、卒業となります。
私も当然、入ったからにはその流れに乗っていたんですが、1年生の頃から「どうも変だぞ」という違和感を、ずっと感じ続けていたんです。

当時は他大学にあるオーケストラのサークルに入っていたんですが、そこで他の大学の人達と話す時には、何も違和感がないんですよね。
こう言うと語弊があるかもしれませんが、先生になろうとしている人達の思考や行動の不自由さというか…もちろんそうでない人達もいたので一概には言えないですが、その閉じた雰囲気に引っかかってしまったんでしょうね。


ーーある意味仕方ないことですよね。教員を目指す人って、やはり学校という仕組みの中で成功体験を積んだ人が多い印象ですし、その凝縮が教育大学という場所になりますよね。

私は、先生だって学校の外にちゃんと楽しみがあって、それを知っているからこそ生徒の気持ちにも寄り添えると信じていたので…。今から思えば、私は「教え授ける」ということよりも、生徒一人一人の心に寄り添う存在でありたいという思いの方が強かったのかもしれないですね。

ーー先生というのはその二つを同時に求められますから、本当に大変な職業ですよね。

私も周囲もまだ学生で若いですし、あの当時は自分の気持ちを周りに話しても、話し合いの土台すら生まれないのが物足りなかったり、自分が変なのかなと辛くなったり。


それで違和感を持ちながらもずっと学生時代を過ごして来たんですが、決定的に教員への道を思いとどまるような経験を、教育実習の時にしてしまったんですよね。

小学校に行ったんですが、そこで国語の授業を担当することになりまして、音読をする授業だったんです。
私、子供の頃はみんなの前に立って1人で音読をするのが苦手だったんですよね。それで、授業のプランを担任の先生と話していた際、「5人くらいのグループで音読したらどうか」ということを提案してみたんです。そうすれば、実は音読が苦手だけどそれを言い出せなかった子供達に、良い経験をさせられるんじゃないかと思いまして。


そうしたら先生が、「そこまで考えなくても大丈夫、そういう子はいないから」と仰って。なぜそう言い切れるのか私にはわからなくて、固まってしまいました。
先生というのは、生徒の気持ちに寄り添って当たり前。そんな先入観が、もちろん先生側のご事情もあったとは思うのですが、私の中では崩れてしまったんですね。

そこからよくよく学校の中を見ていくと、先生方は毎日とても忙しくて、これでは生徒一人一人に寄り添っている余裕はないなと感じたんです。

ーーよく社会的問題としても取り上げられていますよね。先生方の業務過多というのは大変なことだと思います。

この環境では、何かを変えようとしても、それを形にできるまでものすごく時間がかかってしまうし、先生一人の能力ではとても実現できないと思わせられてしまう。そんな場所が学校なんじゃないかと、この時に気付いたんですよね。
私は、自分の未来をここに執着していて良いのだろうかと、初めて疑問が生まれた瞬間でした。

ここで一度立ち止まった加藤さん。
教育が持つ意味について、考えられるだけ考えてみた。ちょうど子供と大人の間の、柔らかな感性で。

私は、大人になったら人は自動的にしっかりするんだと思ってたんですよね。でも、大人だって思うようにならないことに振り回される弱い存在だと知った。その大人が子供を教育しているのだ、とも。

先生は教育を、子供達のため、良い大人になって欲しい、という気持ちでされますよね。もちろんその中に嘘偽りはないけれど、大人の事情というものも抱えている。
でも一方で、その理念をまっすぐ私みたいに受け取って、自分は社会から尊重されてるんだと信じて育ってきた子が、大人の社会に入るときにはその真逆のメッセージに気付いてしまう。これってすごく悲しいことです。

そして人生は、子供時代よりも長く続きますよね。もし自分達世代が理想を持って現状を変えようとしても、もっと上の世代の人達とも同じ場で仕事をするわけですから、それは並大抵のことではないと思うんです。
時間はかかるだろうし、それに自分は耐えられるのか、と立ち止まってしまいました。


ーー加藤さんは本音と建て前、裏と表が存在する大人の常識に、傷ついてしまったんでしょうね。

そうなのかもしれないですね。私みたいに感じる子を増やしたくないと、その時思ったのは確かです。
ところが、そんな風に悩んでしまってる時に、目が開けるような新しいアイディアに出会ったんです。教育って子供だけに向けたものじゃない、大人も一緒になって学ぶ教育が、世の中にはどうもあるようだぞ、と。

●社会の中の余白には、可能性がいっぱい

悩みに悩んだ加藤さんは、しばらくの休学を決めて大学から離れた。これまで触れたことのないような「教育」に触れてみたかった。
インターン先として出会ったのは、「カタリバ」というNPO団体。その福島の拠点で、1年間を過ごした。

ここでの経験が自分にとっては大きかったです。大人だって弱いということに気付けて、サポートが必要なのは子供だけじゃなく、大人だって同じだと当たり前に思えるようになりました。

私がカタリバで担当した仕事は、いわゆる「探求型学習」というものを現場で実践していくものでした。
「こうしたい」という子供達の思いに対して、「こうしたらできるんじゃない?」と大人側が解決策を提示しながら伴走していくというものなんですが、これから本格的に教育現場に導入していくと学習指導要領で決まってるにも関わらず、それを実践できる土台が十分に育っていない学校や地域がある領域なんですよね。


先生方は日々の大変な業務に加え、指導要領の変更や社会的な風潮をしっかりと自分の中に取り込んで授業に反映させなきゃならない。
でもそんなの、一人で頑張ろうとしても難しいですよね。それで結局、どうしても今までのルーティンに頼らざるを得ないという現状にたどり着くんだなと。

そこをちょっと支えようというのがカタリバの活動でした。実際に授業の中に入って、先生と生徒のコミュニケーションをつないだり、アイディアを出したり。

入ってみると大学生という存在感がちょうど良くて、生徒にとっては自分に近しい存在なんですよね。先生になかなか言えなかったことが私達には言えたりして、橋渡しができる。人と人の間に入ってお手伝いをすることに、私はすごく意義を見出していました。

あと、社会の中には「余白」がいっぱいあるな、ということに気付いたのもこの時です。
高校の中にフリースペースのようなものがあって、そこに地域の大人達が集まって生徒達と交流するんですが、関わる大人の側も、高校生達から刺激をもらえたとみんな喜んで帰っていくんですよね。

システムとして学生と大人は分けられているけど、その四角四面の隙間にみんなが気付かない余白がある。実はここでこそ、それぞれの可能性が響き合ってどんどん膨らんでいくんじゃないかなと、その時に思ったんです。今まで活用されていない余白が社会にはまだまだあって、それを大きくしていけばものすごい可能性があるんじゃないかと。

ーーなるほど、そこで「余白」という考えが出てきたわけですね。ようやくつながってきました。

この経験を通じて、加藤さんはさらに外へ飛び出すことに決めた。
教育というある意味狭い世界から、もっと広く社会の「余白」をつないでいくような世界へ。

●生き方に働き方を合わせていた、父の背中

「余白 会社」で検索して見つけたSUGOIのnote記事には共感するところが多くて、思い余ってメッセージを送ったんです。

学生から企業にメッセージを送る時って、就職したい時じゃないですか。でも私は、そういう気持ちが動機ではなかったんですよね。
結局、まだ迷ってたんだと思います。教育一本だった自分から飛び出したいという気持ちと、今までずっとこだわってきたものから飛び出す怖さと。

だからSUGOIでインターンを始めた時、失礼ながら「ここじゃなきゃ」という本気度は半分くらいだったと思います。普通、学生インターンってもっと前のめりですよね(笑)。

私、子供の頃からあまりガツガツと何かを探して飛び込むタイプではなく、偶然の出会いや誘われたという理由から物事を始めることが多いんですよね。
中学から大学まで吹奏楽や管弦楽をやってたんですが、これも長く続けてるわりに、始めた動機は先輩に誘われて断る理由がなかった、ですから(笑)。


ーーそれでも大学まで続くとは、やっぱり好きだったんですね。

そうだと思います。「好き」だとか「やりたい」という気持ちは、自分の中では確かだと思うんですよね。

子供の頃から、うちの両親からは「あれをやれ、これをやれ」と押し付けられたことがないんです。なんと宿題まで、やりなさいと言われた記憶がなくて。
一人っ子で甘やかされたというわけではなくて、あくまで子供の主体性、自主性を育てようという教育方針だったと思います。
習い事すら、普通にみんながやってるピアノや水泳も習わされることなく、私がやりたいものを見つけるまで待ってくれてましたからね。


ーーご両親は教育に関わるお仕事だったんですか?

いえ、全く違うんです。父は自営業で、母は専業主婦でした。父はもともとサラリーマンだったらしいのですが、体を壊してしまったのと、これから老いる母親の世話を自分の手でちゃんとやりたいな、という気持ちがすごく強かったそうなんです。

それで、世間一般のように仕事に生き方を合わせて色々と我慢するよりも、生き方を軸に置き、そこに仕事を合わせる人生にしようと決めて、自営業を始めたようで。

確かに父は祖母を最後まで看取り、キッチンに母と一緒に立って料理をし、仕事場には小さい私も連れて行ってくれて、どんな風に働いているのか見せてくれました。
母も生活を楽しむ人で、私が中学生になるまで祖母と同居していたのですが、嫁姑の確執もなく(笑)。祖母が亡くなった時には、昼間に誰もいない家に一人でいるのが寂しいとよくこぼしていました。
私の性格は間違いなく、意思が強くてちょっと頑固な父親似だと思いますね(笑)。

ーー本当に温かいご家庭で育ったのが、手に取るように伝わってきます。加藤さんのお話はひねくれたところがなく、まっすぐで健康的なんですよね。

そうでしょうか(笑)。確かに言われてみれば、働いている今でも健康的なのはとても大事だと思いますし、関わる人達が幸せであることを一番に願ってしまうところがありますね。

●教育とクリエイティブは深いところでつながってる

カタリバでの1年間が過ぎ、加藤さんはまた岐路に立つ。
NPOへの就職の道もあったが、段々と教育そのものから離れて企業で働いてみたいという気持ちも、無視できないほど大きくなってきていた。

ーーなぜそこまで気付きの多かったNPOから離れて、企業を探してみようと思ったんでしょうね?

教育を、内側からではなく、もっと外から見たいという気持ちが強くなったんですよね。と言いつつもまだ決めてしまう勇気は無かったから、もう一年休学という形で学生の籍は残しておきました。

SUGOIに誘って頂き、中に入って一番最初に思ったのが、こんな裏表のない大人達に出会ったのは初めてだなということでした。
最初は何をするにも初めてで、ここに私がいる意味って何だろうと考え出したら不安でしょうがなかったです。今までは何となく先がどうなるかわかったけれど、その予想がここでは全く効かなかったんですよね。

それに、SUGOIに入って私が受け身のタイプであることをさらに痛感したというのもありました。やっぱり自分からどんどん発信はせず、誰かの言葉を聞いてその意義づけを強く自分の中でしていくタイプなんだなと。

代表の(秋葉)陽児さんもCOOの(子守)祐一さんもどんどん自分からアイディアを出し、みんなを動かして道を切り開いていくタイプなので、これこそがちゃんとした社会人で、私ってダメだなと落ち込むことも多かったです。
でも、お二人はいつも「恵美はそのままでいいんだよ」と。焦っているといつもそう言ってくれます。

それに、迷う時には教育現場で出会った人達の顔を思い浮かべると、不思議と力が湧いてくるんですよね。この人達を私の力で幸せにしたい、と思うんです。
クリエイティブと教育ってとても遠くにあるような気がするけれど、「心をかける」という意味では実はものすごく近くにあるものだと、クリエイティブの現場に飛び込んで気付きました。

教育ってやっぱり、関わる人達が全て、思いを一つにしていないと上手くいかないんですよね。
例えば新しく行事を一つやるにしても、なぜそれを忙しい学校の中だけでやろうとするのかというと、外部の人の力を借りようとしても、自分達と思いが一つだと信じられる機会が無いからだと思うんです。
だから望まずとも閉鎖的になってしまいますし、それくらい、教育現場に思いって大切なんですね。

クリエイティブというのは、その思いを共有するために存在するんだと思うんです。異質なもの同士の障壁を溶かしあって、思いは一つだと確認するには、クリエイティブの力ってものすごく大きいんです。
なので「変えられない」と諦めている人達には、どうかクリエイティブの力を信じて、笑顔になって欲しいなと、微力ながら思います。

SUGOIはたった3人のメンバーだけれど、この中でも思いはみんな一つになっていると日々実感しています。学校という場が急な変化の苦手な大きな船艦であるならば、SUGOIは魚なんですよね。アイディアが出たその瞬間から変わることができる。その充実感を、今は毎日のように味わえるんですよね。


ーーもう、あまりにもピュアというか、純粋な思いで働いてらっしゃるのが伝わってきて、お話を伺いながら胸が熱くなってきます…。
加藤さんは、本当に加藤さんにしかできないお仕事をされていますね。人の言葉や思いを受け取って、じっくりと誠実に自分の中で考える。
長年クリエイティブに携わってきたSUGOIの他のお二人は、きっと加藤さんがフレッシュに驚きを持って一つ一つ実感していく姿に、クリエイティブの本質を逆に教えてもらっているようにも、伺っていて感じます。それこそが加藤さんがここにいる意味なんだろうなと、外側からですが思いました。

ありがとうございます…。教育の道に進んだ大学時代の友人達からは、「今何してるの?」と聞かれることが多いんですよね。その度に言葉に詰まってしまうんです。
私が日々やってる仕事ってわかりやすい肩書きにまとめられるものでは無いし、それ以前にクリエイティブとは何なのかを、簡潔にわかってもらう方法が見つからなくて。いつも歯がゆい思いをしていますよ(笑)。


ーー大丈夫です、きっといつかご友人、そして社会の多くの人にわかってもらえる日が来ますよ。

21歳で「教育とは何か」を真剣に考えた加藤さん。
彼女はこの時に、今までしたことのないくらいの、大きなジャンプをしてみたのだと思う。
それまでまっすぐな気持ちで生きて来た時間は、きっとここで誰よりも高く、そして誰よりも遠くへ飛び出すための力を、じっくりと溜めていた時期だったのだろう。

クリエイティブの本質について、日々新しい発見を感じ取り、目を輝かせ、時には二の足を踏み、そして考え続ける加藤さん。
彼女の人生は、まだ始まったばかりだ。

ライター:s.e.i.k.oさん

この記事が参加している募集

#この仕事を選んだわけ

3,194件

締切:

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!
オススメありがとうございます!

このnoteを書いたSUGOIって、どんな会社?

スキありがとうございます!ツイッターものぞいてみてください!
株式会社SUGOI  愛とアイデアのある会社
「つくりもの」をつくらない、つくる会社 | メンバー全員がクリエイター | 企画立案から実制作まで、「愛とアイデア」をもって行います | 映像、グラフィック、ウェブ、ブランド、プロジェクションマッピング、ホログラム、etc | note毎日更新しています、フォローお願いします!