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ごめんも、頑張るもいらないよ。

先週の水曜日(3/17)、SUGOIの読書会「本で遊ぶじかん」は大きなターニングポイントを迎えた。

そしてその事に、私も含めたSUGOIのメンバー全員が気付いていなかった・・・という件について、今日は話したいと思います。

どうもSUGOI代表&広報のアキバヨウジです。


どんなターニングポイントだったのか?

正直に言いますと、この日の読書会はイマイチだったのです。
これは、今までやってきた中で初めてのことで、少し苦い気持ちになりました。
コロナ禍前のオフラインイベントとして、そして社内の勉強会としての機能も持っていたこの読書会。

それが、

・完全オンライン開催
・参加者数の増加
・難しめの本のチョイス(ページ数の多め)

という要素が重なり合ったことで、今までで一番イマイチなものになってしまった。

参加して下さった方々に、主催者が「イマイチでした・・・」と言うのは本当に気がひけるし、失礼なことだと思います。
それなりに楽しめましたよ、という方もきっといらっしゃると思う。
しかし、ページ数多めで内容を理解しづらい本に大人数で向き合うこと、なんと5時間。
私も最後は朦朧としてきたので、参加者の方々も必死についてきて下さったんだと思います。

こんな後味を覚えた、今回の読書会。

そして、この回に参加していた二人の当事者が正直な気持ちをnoteに書いてくれたことで、自分の中でこれがターニングポイントであるという予感が確信に変わりました。

一つ目は、新潟からオンラインで参加して下さった初体験の参加者、おだんごさんの記事。


そしてもう一本が、SUGOIのCOOで「本で遊ぶじかん」のファシリテーションを務める、COOゆういちの記事。


​おだんごさんは、どんな気持ちでどんな障壁を抱えながらこの会に参加して下さったのか、正直に書いて下さいました。
このルポのおかげで、私たちの読書会は迷わず新しい方向に進めると思う。

一方で我らがゆういちは、正直に「自分の中に全方位の愛が足りなかった」という告白をしてくれました。
彼の落ち込みぶりは想像できる。
そしてこれからの運営方法を全力で考えてくれるであろうことも、想像できる。

私は、この二本の素直な記事を受けて、時間をかけて書いてくれたお二人のために、自分の中のアンサーをここで返していきたいと思います。

何かをしでかしてしまった時、理想としているものと違ってしまった時。
人って反省をすると思うんですよね。

当然、私もします。

そして、ごめんなさいと口にすると思う。
これも、私もよくします。

ですが、誰かがその人自身のことを猛省し、「ごめんなさい」と私に対して言ってきてくれた時、大抵私はこんな風に考えます。

「その『ごめんなさい』は、何も生まない」
「ここから頑張ります」と言う人もいる。自分だってそう口にすることもある。
けれど、そう言われると私はこう思います。

「別に、頑張ることが解決法じゃない」冷たいでしょうか?

そう思われてしまうことも多々あるため、自分でも悩ましいところです。

心の底から自分の行いを悔やみ、「ごめんなさい、ここから頑張ります」と言ったのに、相手からは「謝らなくていい、頑張らなくていい」と言われてしまう。

じゃあどうすればいいんだ、そんな上から目線でバカにしてるのか?!と思ってしまうかもしれない。

自分には全くその気はないんです。
では、なぜ自分はそんな風に思うのか。
それは、「物事の結果は、あなたの頑張りに左右されない」のではないか?と、いつも思っているからです。頑張りよりも、アイデアが必要。
これが、私の信じていることです。

今回の読書会で言えば、難しさの原因は明らかに、イベントの本質が次のフェーズに勝手に突入してたことに私たちが気付けていなかったということです。

ここは、手落ちな部分だったかもしれない。
でも、今回それに気付けた。

おだんごさんだってそう仰ってくれてるのだから、それでいいじゃないか。
むしろポジティブな経験です。
イベントというのは、その一回一回で成功か失敗かを誰かに評価されるために、やっているものではないと思うんです。

むしろ、持続するためには意見を言いやすい雰囲気だったり、違っていたらすぐに変えられる体制であったり、つまり完成していることより外に開かれていることの方が重要であると思うのです。

「本で遊ぶじかん」の第一フェーズは、自分たちの学びのためであり、社外の人も交えたイベントに会社として挑戦してみたいという好奇心を、どう実現するかということであった。

この目的に応じた規模感や、運営方法に則って開催していたのが初期段階。
けれど、もはやこの読書会を開催できる環境もオンラインへと移り変わり、参加者もありがたいことに増えてきている。

そうなると、もはやこの会は「学ぶための会」ではなく、「読書という体験価値を、様々な属性の人とシェアする会」になっていく。
それならば、どんな人でも楽しめるように本のチョイスも運営方法も工夫が必要。
それは新たなフェーズに合わせてただ組み立て直せばいいだけ。
非常に解決法はシンプルです。

そして、最も私が言いたいのは、この新たなフェーズの条件を満たす運営方法を考えるのに、「大きな愛」や「頑張り」は必要ないということ。
いや、誤解が生じるかもしれませんが、「愛」があることは必要なんです。
でもその「愛」を、頑張って生み出さなくてもいい

頑張って、自分や世間が思う「大きな愛」に近づけなくてもいい。

なぜなら、頑張って生み出そう、実現しよう、たどり着こうとするほどに、その気持ちは真逆の「憎しみ」まで生み出してしまうから。
自分が頑張って手に入れようとした「愛」に対して、頑張らない他者を見たときに、きっと「なんでお前は頑張らないんだ」という嫌な気持ちが生じてしまうと思うんです。

「愛情」が自分の中から自然と湧き上がることは大事。

けれど、それを他者にも持つように望んだり、もしくは個々の「立派な愛」に頼らないと成立しないような仕組みというのは、本当の目的を見失ってしまうと思うんです。

愛を志す人たちが、その多い少ないを勝手に判断して攻撃し合うことにもつながってしまう。これはとても悲しいことですし、しかも誰もが簡単にはまってしまいがちな沼だとも思う。

私の会社SUGOIでは、「愛とアイデアのある会社」というタグラインを掲げています。この「愛」を私自身は、「自分の中に問い続ける」という態度だけでOKとしていますが、もしかすると正解としての愛の形があるんじゃないかと誤解されることも多いかもしれない。

そうじゃないんです。

理想を掲げ、そこに向けて頑張ろうとする愛は、必ず自分の、そして周りの首を絞める。だからこそ、私は「頑張らないでも愛を生み出せ、感じられる仕組み」を作りたいと本気で思っている。

なんなら、それ以外のことは思っていないと言ってもいいほど。

どんな社員が自分の会社に入ってきても、どんな参加者が読書会の輪に入ってきても、どんなクライアントが案件の相談に来てくれても。
その誰もが、元々持っている「愛情ポテンシャル」の高い低いに関係なく、自動的に愛が湧き出て他者の愛も感じられるような「仕組み」そのものを、私は自分の会社の活動を通じて作っていきたい。

だから、反省したり「頑張ります」という人に、私は「反省も頑張りも、何も生み出さないよ」と言ってしまうんです。

それは、自分の中にまた高い壁を作ってしまうだけだから。

世の中に「愛とアイデア」を溢れさせることに、遠回りになってしまうから。おだんごさんのように素直な、心のまっすぐな方にこのnote上で出会えて良かった。
彼女の目を通して教えてくれた大事なことは、確実にSUGOIの活動の糧になっています。そしてゆういちのように、素直に自分の弱さを吐き出してくれる人間がメンバーで良かった。

私はその素直さのお陰で、笑顔で「それは違うよ」と言えるんです。
きっと、彼は私の考えている「仕組みを作ればOK」というアイデアを、話せばちゃんと理解できるはずから。

COOという仕事は、仕組みを作る仕事。
それならば、会社や業務の仕組み作りだけでなく、「愛」の仕組み作りもぜひやってみて欲しい!

「愛」がオートメーションで、誰も頑張ることなく、自分を責めることなく生み出せる仕組みができたら、世の中もっともっと平和になるし、もっとシンプルになんの障壁もなく、子供のようなクリエイティビティを発揮できるようになるんじゃないのかな。

そのきっかけとして、「本で遊ぶじかん」の第二フェーズ作りに取り組んでもらえたらな、と思っています。

よし、「本で遊ぶじかん2」の幕開けだ。

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