通知表なんか気にせずに、「つくりたい」と言えば良かったんだ
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通知表なんか気にせずに、「つくりたい」と言えば良かったんだ

小学生の頃、図画工作の授業が好きでした。

木を切るだけじゃ物足りなくて、ペンたて機能付きの家をつくる。木のうさぎを踊らせたくて、支柱としてうさぎの周りに釘を刺す。

「これをつくりたい」を叶えられること。それが、図画工作の授業を好きな理由でした。

図画工作が美術へ変わった中学校の時。

1年生の1学期、終業式の日に受け取った通知表を見て、私はギョッとしました。

美術の評定が満点5のうち”3”だったから。

どうして?何が悪くて5じゃないの?

今思えば、図画工作と美術はそれぞれ養うべき力も評価観点も違うのだから、評定の変化は当たり前です。

それでも、通知表を受け取るまで苦手意識のなかった、むしろ得意で好きだと思っていた美術の時間が、中学1年の2学期には憂鬱な時間になりました。

どのポイントを抑えれば、この作品は良い評価をもらえるんだろう。
どんな言葉で作ったものを言い表せば、良い評価をもらえるんだろう。

いつしかそんなことばかりに目が向いて、「これをつくりたい」と思う余裕はありませんでした。

そして中学2年の芸術分野の授業選択のとき、一目散に美術を選択肢から外してからSUGOIと出会うまで、つくることから距離を置いていました。

もしかしたら中学1年の1学期を終えた時から、私は心からの「つくりたい」に出会っていなかったかもしれません。つい最近、そのことに気付いたSUGOI学生インターンのめぐみです。こんにちは。

「いいものをつくりたい」

目の前には、小道具が無造作に置かれていました。小道具は、SUGOIのD2Cブランドa yohakの撮影で使うもの。

コップやお皿、カトラリー。形も色も違うそれらを整理し、撮影当日何を使うかを考えることが、この日私がやろうとしていることでした。

今日中に終わるのかな…

今までに扱ったことのない量の小道具を目の前に気が遠くなりながらも、ひとまず椅子に座ってパソコンを開き、撮影内容と必要な小道具に目を通しました。

カレンダーのページに目を移すと、撮影日まではあと2日。

今日整理しないと、時間がない

私は再び小道具を見渡し、撮影に使うものを選び始めました。

参考にしたい写真をパソコンに映し、それに合う小道具を選ぶ。かつ、なるべく複数のシーンで同じ小道具が登場しないように、シーンのイメージに合う小道具を合わせていきます。

「このシーンは横から撮影したいから、透明なグラスがいいな」

カメラの位置やa yohakの商品である和紅茶の見え方も考えながら、パズルのように小道具を組み合わせる。そして、試しに並べた小道具をスマホで撮影し、色味や大きさのバランスを調整しながら小道具を入れ替えました。

「他のシーンで使っていない黄色のコップを使いたいけれど、周りの小道具の色が暗めだから黄色が目立ちすぎるかもしれない」

そんな時は、まずコップ以外の小道具を入れ替えてみる。それでしっくりこなかったら、他のシーンで使っているコップと入れ替えてみる。

「これだといい感じ!」

全てのシーンの小道具を決めた時には、組み合わせを考え始めて3時間ほどが経っていました。

「紙に印刷をして、見てみよう」

開いていたパソコンに手を置き、プリントの設定を確認する。そして、プリンタの前で出てくる紙を待ち受けていました。

「あれ?」

出てきた紙の写真を見ると、思ったより綺麗に見えないことに気づきました。印刷する前はいいと思った小道具の組み合わせが、紙で見るといまいちに見える。

「これじゃダメ。もっと良いものをつくりたい。やり直したい」

自然に湧き上がったその気持ちに気付いた時、私はハッとしました。

「あ、この気持ち、久しぶりだ」

やり直したい動機は、SUGOIの他のメンバーから指摘されそうだからでも、組み合わせの意図を詳しく聞かれそうだからでもありません。純粋な自分の中の「つくりたい」が理由でした。

いつもだったら、これを見せたら何を言われるかを考えしまう。そして言われることを先回りして、言われないように対処しようとする。

その考え方は悪くない。でも、そのやり方が全力で良いことだと肯定できない自分もいました。どこか他人に評価されるものを目指している気がしていたから。心から楽しめてないと気付いていました。

そんな私も、つくりたいと思えるんだ。次の日、小道具の組み合わせを考え直そうと決めた帰り道の電車は、忘れていた感情を思い出した嬉しさに包まれていました。

「つくりたい」に耳を傾けてみたら

私たちはいつから、つくることの評価を気にし始めたのでしょうか。

ピカピカの泥団子をつくろうしたり、見様見真似で料理をしてみたり、人は誰しも本能的な感情で何かを「つくりたい」と願う時期があると思います。

でも、気づけば「面倒くさい」「やったことがない」のような言葉で、つくらない理由を見つけています。もしくは、評価されるために、認められるためにつくって、心から「つくりたい」と思えないものをつくっている人もいるかもしれません。

もちろん手に入れたいものや目的があって、そのために「つくりたい」と心から思えないものでもつくらなければいけない場面もあります。

だけど考えてみてください。つくることは本来誰のためでもない、自分の「つくりたい」が根っこにあるものです。そして、その気持ちはきっと、誰もが心に秘めているはずです。

「つくりたい」に耳を傾けてあげたら、もっとつくることを楽しめるんじゃないか。私は今、そんな予感がしています。


以上、今週の「インターンめぐみのモヤモヤのち晴れ」でした!

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