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堤清二が持つ二面性と自己否定 僕らの学習帳 vol.134

西武百貨店の再建を成功させただけでなく、渋谷パルコやセゾンカード、西友ストアー、ロフト、リブロなど、今までになかったものを生み出したのが、堤清二という経営者でした。

彼は、詩人である青山(堤)操を母親にもち、自身も辻井喬という筆名で小説を発表するほど芸術・文化へ深く傾倒していました。

資本主義的な思想をもって経営を成功させた顔と、詩人の母親を持ち文筆業にいそしむ文化的な顔の2面性をもつ、とても珍しい経営者だったようです。


そんな中でも、彼が生み出したもので大きな衝撃を持って世の中に迎えられたものは「無印良品」でしょう。

この無印良品、つまりブランドじゃないものだけれど良いものを売るという姿勢には、彼の自己否定の姿勢が強く現れています。

彼が再建に成功した西武百貨店ですが、この再建の影には、堤清二の妹、堤邦子さんの存在も大きかったのです。

二度の離婚を経験したあと、邦子さんは子どもを置いたままパリに行ってしまいます。そして、パリの地で浮名を流すことになるのですが、その結果、パリの社交界で人脈を、着々とつくりあげました。

この人脈のおかげで、西武百貨店は、フランスのブランドを引き受けることができたのです。フランスのブランドが多く入ったことにより、西武百貨店はおんぼろデパートから、一流デパートへと変身を遂げたのです。

このブランドによる成功を否定するかのように、堤清二さんは「ブランドじゃないものを作れ」となったのです。そこで生まれたのが、「無印良品」でした。

その結果、無印良品は海外でも受け入れられて「MUJI」というブランドへとなっていきます。

ブランドじゃない良いものを、と考えたところ、無印良品というブランドが生まれるという皮肉な結末を迎えてしまったのです。これには、堤清二さんも、「ブランドを否定して無印良品を作ったら、それがブランドになってしまった。」と嘆いていたそうです。


今回の僕らの学習帳は、「日本の戦後を知るための12人」の第6回「堤清二 詩人経営者の血脈」から、お話ししました。


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