もっと一緒に楽しいことをしたいから、私はフィードバックをすると決めた。
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もっと一緒に楽しいことをしたいから、私はフィードバックをすると決めた。

フィードバックをする。これはずっと、私が苦手にしていることです。

中学の部活動で部長をやっていたときは、先代がやっていたような部員へのフィードバックがあまりにできなくて、副部長を怒らせたこともあります。

「なんで部長なのに、めぐちゃんは言わないの?」

彼女の言葉が、いつまでも消えないささくれみたいに今も心に残っています。SUGOI学生インターンのめぐみです。こんにちは。

フィードバックが苦手なんて言い訳は、できればしたくありません。他人から「フィードバックをください」と声を掛けられて「いいと思うよ」と返事をすることは、優しいようで実は優しくないことも分かっています。

そもそも、なぜフィードバックが苦手なのだろう。理由を心に聞いてみると、表裏一体の感情が見えてきます。

それは「傷つけたくない」と「嫌われたくない」です。

表面上の気持ちは、フィードバックをする相手が考えたことを尊重したい、傷つけたくない。でもその根っこにあるのは、相手から悪く思われたくない気持ち。

そして悪く思われたくない気持ちをさらに2つに分解すると、一つは相手を傷つけて嫌われたくないこと。もう一つは、自分の未熟さを晒したくないこと。

「やっぱりフィードバックが苦手だ…」と思うたびに、この複雑な感情の糸をほどく気になりきれず、いつかほどけるようになるだろうと無責任な希望を持っていた。これが私の本心です。

でも先日、まさに糸がほどけた出来事に出会いました。

遠慮を超えた、その先に

COOのゆういちさんが書いた、SUGOIのD2Cブランドa yohakの記事を読み、私は手を止めました。

「感じたことを言うべきか、言わないべきか」

読んで引っかかったことは、記事の中に登場するSUGOIの代表ヨウジさんの名前に「さん」が付くかどうか。

ほんの些細なことだけど、きっとゆういちさんは考えを持って書いている。いつものゆういちさんを見ていれば、それは想像できる。だからこそ、より突っ込んで聞きたい気持ちが引っ込んでいきました。

その時に鳴ったのは、社内チャットの通知。

リマインドです。
明日、公開する記事なので、みなさん読んでおいてください!

(この想いを受け取らなければ。謙遜しちゃ、ダメだ)

もう一度パソコンに向き直し、記事を読み、社内チャットの画面に戻る。

(伝え方として、「さん」を付けますか?だと強い気がする。ゆういちさんの意図も感じた上でのフィードバックだから、そこの配慮もニュアンスとして伝えたいな)

そう思いながらメッセージを送りました。

a yohakな人としてのヨウジさんだから、秋葉陽児「さん」の方が良いのでしょうか。これは、絶妙ですね…

すると、ゆういちさんからこんな返事が。

ここは、引きの説明だから、、、さん付けてないんだよね。
a yohakな人の文脈に入ると、さんをつける。a yohakな人を客観的に説明するときは、付けない。そういうイメージです。

(うわあああ!そうですよね!意図がありますよね!分かります!私が気にしすぎただけでした!ごめんなさい!!)

感情をぶつけるようにキーボードを叩き、私は返事を書きました。

もし他の人について書くのだったら、さんを付けて書く気がしただけでした!ありがとうございます!

(やっぱりフィードバックをするって、申し訳ない気持ちになるな)

もうやりとりを終わらせた気になっていたら、再びゆういちさんから返事がきました。

(え、何を言われるんだ)

1人目が他の人だったら、さんを付けて書くよ。
多分、この引きの説明ってのが伝わってないんだと思う。説明難しいな。

(ああ!やりとりが続いている!私のフィードバックへの回答をみっちり説明しようとしてくれている!)

もうすっかり暗くなった窓の外を見つめながら、私は返す言葉を探していました。

フィードバックされるって読んでいるって実感できるので

2人の考えをすり合わせるために、時間はそれほど要りませんでした。

そうそう、それです。

ゆういちさんから届いたこの言葉で、私は糸がほどけたと思いました。フィードバックをするたびに感じていた申し訳なさも、嫌われたくない気持ちもない瞬間。ただ清々しさだけが、私の心に吹き込んでいました。

つっこみが細かすぎてごめんなさいと感じていたのですが、むしろ学びをいただけて嬉しかったです!
説明も記事も、ありがとうございます!

そして私はしばらくぶりにパソコンから離れ、紅茶を淹れました。

「ふぅ」

フルマラソンを走り切ったような達成感と安心感とともに飲む紅茶は、いつもより爽やかな味に感じました。

パソコンの前に戻ってきて、届いていたメッセージ。

もっとどんどん突っ込んでくれると嬉しいです。フィードバックされるって読んでいるって実感できるので。
なので、全部ひっくるめて、ありがとー!

やっぱり伝えて良かった。私、突っ込んで良かった。申し訳ないを引っ込めて、フィードバックを送って良かった。

時間をかけたら時間をかけただけ、言葉を重ねたら重ねただけ、手に入るものがあるのかもしれない。そう気づいた夜でした。

フィードバックの先にもっと楽しい景色が待っている

ゆういちさんとのやり取りを終えパソコンを閉じてから、私はずっと考えていました。

どうしてこんなにも、伝えたことに応えようとしてくれるのだろう。

ゆういちさんの中では説明がついていることなのだから、あなたが指摘したことに対して私はこう考えて書きました、のコメントだけでやり取りを終えてもいいはずなのに。どうしてこんなに、言葉を尽くしてくれるのだろう。

その時ふと、あることを思い出しました。

あぁ、これだ。このことだ。

以前ゆういちさんがTwitterで話していたことが、ピシャリと疑問に答えてくれたと感じました。

フィードバックから対立を生むか、共創するか。これをゆういちさんは画面越しに体現していたのだと。

私は、対立が怖かった。私がかけた言葉が、相手のささくれを大きくしたり、ヒビを広げたら嫌だって、それを申し訳ないって言葉で片付けていた。けれど、フィードバックは共創のタネにもなる。一緒に創るきっかけになる。

もしかしたら、すぐには意味が見えてこないかもしれない。その時は嫌な気持ちになってしまうかもしれない。こんなこと言わなきゃ良かったと思うかもしれない。それでもいつか、言葉をかけた時間が、言葉を返してもらえた時間が、創る楽しみに還元される。

つまり、フィードバックは同じ言語を創る。

あなたとわたしの違いをじっくり観察して、一緒に眺めてみるきっかけが、フィードバック。その時間から生まれるものが、違いを滑らかにし、関係性を優しくしてくれる言語。

だからフィードバックは、怖くなんかない。申し訳なくもない。

フィードバックを通して新たな言葉を創り出し、関係性をアップデートし、もっと一緒に楽しいことをする準備をしていると思えば、自分に何ができるかは関係ない。目の前のあなたと向き合い、一緒に何ができるか考えることが、フィードバックの価値だから。

私が伝える意味は、ちゃんとある。だから、伝えよう。怖らがずに。

以上、今週の「インターンめぐみのモヤモヤのち晴れ」でした!

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