渡邉恒雄が尽くした政治家 僕らの学習帳 vol.133
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渡邉恒雄が尽くした政治家 僕らの学習帳 vol.133

多くの人は権力を掴むことによって世間に認識されます。そして、まるでその人がずっと権力者だったかのように、錯覚してしまいます。

でも、当たり前ですがどんな人にも若い時があり、苦労した時代があり、そして、その人なりの創意工夫や運命や出会いがあり、権力を掴むことができたのです。

いまや読売グループの代表であり、読売新聞の主筆でもある渡邉恒雄さん、通称ナベツネと呼ばれている彼もまた苦労があり、出会いがあり、きっかけがあり権力を掴んだ人でした。

週刊誌に配属された渡辺さんは、日本共産党の奥多摩にあるアジトに潜入して、ルポルタージュを書きました。この記事が高く評価されて、政治部に異動を命じられます。

この異動をきっかけに、彼は政治の世界へと足を踏み入れていくのです。

政治部で命じられた役割は、大野伴睦の番記者でした。大野伴睦は、自民党の副総裁を歴任した重鎮で、東海道新幹線の岐阜羽島駅を(強引に)作った立役者でもあります。

ただ、番記者といってもいきなり信用されるわけではありません。渡邊さんが信用されるようになったのは、大野さんからオフレコだと言われたものが勝手に記事になったことがきっかけでした。

この記事は、渡邊さんが書いたものではなく、オフレコの内容の報告を受けた上司が勝手に書いてしまったのです。

もちろん、それを知った大野さんは激怒したのですが、それに対して渡邊さんは1つも言い訳をせず、「私の責任です。二度とこんなことを致しません。」と謝罪したのです。

実はこの記事は上司が書いたということが、大野さんの耳に入ります。そうすると、大野さんは、彼のことを信用できる人物だと思うようになるわけです。


そこから、渡邊さんと大野さんとの信頼関係は強くなっていくのですが、渡邊さんは、大野さんの死後も彼に尽くしたのです。

大野さんは戦後間もない頃、ある女性に命を救われます。それをきっかけで大野さんはその女性を愛人にします。しかし、その愛人は、大野の死後にお焼香もさせてもらえませんでした。

それを知った渡邊さんは、お骨の一部をこっそりポケットにしのばせて愛人に届けたのだそうです。愛人は、そのお骨をもって、お墓まで建てたそうです。

それがきっかけで、このお骨の話が知れ渡ることとなり、渡邊さんがどれだけ忠誠を尽くすのかということが、より深く知れ渡ったのだそうです。

このように人を大切にする姿勢がつながっていくことで、最終的には権力者へとなれたのかもしれません。


今回の僕らの学習帳は、「日本の戦後を知るための12人」の第5回「渡邉恒雄 読売帝国の支配者」から、お話ししました。


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