特別をあきらめる。普通を楽しむ。 僕らの学習帳 vol.142
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特別をあきらめる。普通を楽しむ。 僕らの学習帳 vol.142

何者かになりたい、と思ったことはありますか?もしくはもっとシンプルに、周りと違う自分でいたい、特別でいたい、と。

この何者かになるためには、たとえば歴史的な発見をする、偉業を残す、大きな成功を収めるなどの、方法が考えられます。そして、そのために努力をしている人もきっとたくさんいるでしょう。

その一方で、「特別」になるためのもっとも簡単な方法は、なんでしょう。

それは、問題行動を起こすことです。たとえば、非行に走る、問題行動を起こす、事件を起こすなどです。これらの行動はそれほど努力することなく達成できます。そして、まわりから「特別」ではないと見られることになります。

もちろん、そういう意味の「特別」ではないと反論されるでしょう。「特別」とは、特別によくあることであり、特別に悪くあることではない、と。

しかし、アドラーはこの問題を同じものだと考えます。というのは、人は誰しもが自分を成長させようと、向上しようと努力を続けます。そして、特別によくあろうと努力をします。

そこで、この努力が身を結ばなかった場合、たとえば勉強を頑張ったけれど、出来が良くなかった、スポーツを頑張ったけれど自分より上手い奴が9さんいた。そんな時、特別によくある努力は無駄になります。

そこで、「特別」になることを諦めることができずに、どんな方法でもいいから「特別」になろうとします。つまり、当初の目的を果たそうとするのです。それが、不良であり、非行であり、問題行動です。

そうすることで、特別であるという目的は達成されるからです。この安直な方法で、特別になろとすることを、アドラーは「安直な優越性の追求」と呼び、これを不健全であると指摘しました。


では、このような状況でどうしたらいいのでしょうか。「特別によくある」ことを諦めてはいけない、と声をかけ続けることでしょうか。

そうではありません。特別になること、それ自体を諦めるのが大切なのです。つまり、「普通であることの勇気」を持つことです。

特別になろうとする必要はない、ただ平凡で普通である自分を受け入れればいいのです。特別でないというのは、受け入れがたいし、できれば特別であって欲しいかもしれません。しかし、人は誰もが普通であり、平凡なのです。

この自分が普通であることを受け入れれば、自分が優れているんだ、特別なんだということをわざわざ誇示する必要はありません。ただ、自分は自分なんだ、それだけです。

特別をやめて、普通を受け入れる、それがこの人生を楽しむ秘訣だったのです。


今回の僕らの学習帳は、「嫌われる勇気」から、お話ししました。今回の話について、もっと詳しいことを知りたい人は、動画をぜひご覧ください。


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