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江副浩正が見つけた「情報」の価値 僕らの学習帳 vol.130

「わが社は日本株式会社の人事部を目指す」

日本全体の採用活動を一手に担おうというこの発言は、壮大すぎる野望にも聞こえますが、まさにこの役割を果たしている会社があります。それが、江副浩正という稀代の企業家がつくったリクルートです。

その彼が生きた時代はどんな時代なのか。彼が東京大学に入学したのが1955年。そこから、東京大学新聞社でのアルバイトを始めて、営業としての才能をメキメキと発揮します。

1960年に入ると、日本全体が政治の季節から経済の季節へと転換します。ときは池田総理大臣が登場し、所得倍増計画を発表します。

この高度経済成長の波に乗って、成長してきたのが証券会社でした。50年代には貯蓄が重視され、金融業界では銀行が大きな存在感を示していました。それが、60年代に入ると、貯蓄から投資へ、銀行から証券へと大きく変化します。

そこに目をつけたのが、江副浩正でした。東京大学の学生を採用しませんか?と証券会社を口説いて回ったのです。そうすると、うちも、うちも、と多くの会社が採用広告の掲載を決めて行ったのです。

この流れそのままに、60年の3月に、江副浩正は広告代理店として起業します。

ここから、彼は自分の扱っている商材の可能性に気づきます。つまり、「情報」の価値です。情報を一手に集めて媒体として販売すれば、それが大きな価値になる、と気づいたわけです。

そこからは、就職情報だけに止まらず、住宅情報、不動産情報など。あらゆる情報を取り扱っていきます。


もしかしたら、これが情報の非対称性を壊す最初の一歩だったかもしれません。当時といえば、就職情報を持っている企業の方が強かったし、旅行情報も消費者が望むような形にまとまってはいませんでした。もちろん住宅情報も、その他の情報も。

彼はそこに目をつけて、情報を集めて誰もがアクセスできるようにしたのでした。この発見が、情報社会の先駆けとなり、現代にまでつながっていると言えるかもしれません。


ちなみに、この情報社会を切り開いた江副浩正の大きな汚点は、リクルート事件です。自社の未公開株式を、政財官界、あるいはマスコミに、賄賂として贈ったという事件です。

この事件の衝撃・影響の大きさもあって、そしてリクルートという会社の貢献度の大きさもあって、どう評価すればいいのか簡単には結論できない人物、それが江副浩正です。


今回の僕らの学習帳は、「日本の戦後を知るための12人」の第2回「江副浩正 情報社会の開拓者」から、お話ししました。


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