僕らの学習帳

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いくつになっても、遊びつづける、学びつづける 〜僕らのシリーズを始めます

いくつになっても、遊びつづける、学びつづける 〜僕らのシリーズを始めます

遊びたりない、学びたりない人たちに向けて、遊び・学びつづけていくための「場所」をつくりました。 それが、「僕らのシリーズ」です。このシリーズは、僕らの教室・僕らの放課後・僕らの学習帳の3つがあります。 僕らの教室 COOの子守祐一が、本の内容をわかりやすくまとめています。遊び・学びのきっかけとして、本の知識を伝えています。 本を読みたいけど読めなかった人、新しい知識を学びたい人、本が好きな人、問いを見つけたい人に向けて、お話ししています。 僕らの放課後 CEOの秋

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子どもにこそアート思考を 僕らの学習帳 vol.110

子どもにこそアート思考を 僕らの学習帳 vol.110

大人にこそ身につけて欲しいアート思考ですが、子どもへの教育の場面でも大きな可能性がありそうです。 自分だけの答えを見つけるアート思考という思考法は、「論理モード」で思考することになれきった大人のために必要です。変化の多い現代社会だからこそ、上から与えられる正解を待つのではなく、外にある正解を探しにくのでもなく、自分の中にある答えを見つける。 それと同時に、教育の文脈でも大きな可能性があると言われています。 最初に述べたとおり、子どもは誰だってアーティストなのですが、それ

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僕らは誰もがアーティストだ 僕らの学習帳 vol.109

僕らは誰もがアーティストだ 僕らの学習帳 vol.109

これまで見てきたように、「アート」という特別な境界線は、アンディ・ウォーホルの作品によってなくなってしまいました。この状況を端的に表現した有名な言葉がこちらです。 ーこれがアートとだというようなものは、ほんとうは存在しない エルンスト・ゴンブリッチ(歴史家・美術史家) つまり、アートというカテゴリーは存在しないので、アートかどうかという区別も意味がないということです。 もし本当にアートが存在しないのであれば、アート思考というものも存在しないことになってしまいます。 こ

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アートかどうかは誰が決める? 僕らの学習帳 vol.108

アートかどうかは誰が決める? 僕らの学習帳 vol.108

これまでアートの常識を打ち破ってきました。「うまい」ものがいい、「リアル」なものがいい、「美しい」ものがいい、など。 でも、僕らは気づかないうちに、そもそもの常識にとらわれてしまっています。それは、アートかどうかという考え方です。 いつだって無意識に、これはアートかどうかを判断しています。たとえば、商品パッケージをアートとは呼びませんし、商品が並んでいるスーパーを美術館だとは思いません。 でも、額に入れられた絵画を見るとアートだと思い、アートを見に行く時は、絵画が並んで

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僕らは絵画のなにを見ている? 僕らの学習帳 vol.107

僕らは絵画のなにを見ている? 僕らの学習帳 vol.107

「窓」と「床」の違いってなんだと思いますか? この2つの違いを聞かれても、同じものの方が少ないので、答えるのが難しいです。でも、この質問の答えが、新しいアートを生み出したのです。 その新しいアートが、ジャクソン・ポラックの「ナンバー1A」という作品です。 今までの絵画がずっと「窓」だったとしたら、「床」としての絵画の可能性を開いたのが、ジャクソン・ポロックでした。 今までの絵画を見ている時、絵画そのものを見ていません。見ているのは絵画によって表現されたイメージです。そ

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デュシャンがアートを変えた 僕らの学習帳 vol.106

デュシャンがアートを変えた 僕らの学習帳 vol.106

アートに常識はあるでしょうか?常識を破るものがアートだから、アートに常識はないはずだ。もしくは、伝統の深さを考えると、日常とは違う常識が適応されるはずだ。 アートの常識について、この本の中では、5つの質問が挙げられています。この質問について、イエスかノーを考えてみてください。 ①アートは美を追求するべきだ ②作品は作者自身の手でつくられるべきだ ③すぐれた作品をつくるにはすぐれた技術が必要だ ④すぐれた作品には手間暇がかけられるべきだ ⑤アート作品は「視覚」で味わえるもの

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カンディンスキーでアウトプット鑑賞 僕らの学習帳 vol.105

カンディンスキーでアウトプット鑑賞 僕らの学習帳 vol.105

美術館でアート鑑賞をしていると、ある疑問がムクムクとわきあがってきます。 「これは何を描いたものなんだろう?」 「これはどう評価すればいいんだろう?」 「これはどういう意味があるんだろう?」 その答えを求めて、解説パネルやオーディオガイドを頼ると、なんとなくわかった気になって、次の絵に移動する。 美術館でこのような移動をしたことがある人はたくさんいると思います。でも、これこそが「自分なりの答え」を放棄している瞬間なのです。 たとえば、このワシリー・カンディンスキーの「

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ピカソの考えた「リアルさ」 僕らの学習帳 vol.104

ピカソの考えた「リアルさ」 僕らの学習帳 vol.104

ピカソの絵ってよくわからないですよね。何がすごいのか、すばらしいのかがわからないどころか、そもそも何を描いたのかすらわからないものもある。 それなのに、美術の教科書では繰り返し登場して、とにかくすばらしいのだと教えられます。 ぱっと見でわからない時ほど、その評価にはアート思考が隠れているのかもしれません。ピカソもまた、表現の内側にあるアート思考が評価されたアーティストでした。 ピカソのアート思考の背景にも、マティスの時と同様、カメラの誕生があったと考えられます。つまり、

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アンリ・マティス、すばらしいとは? 僕らの学習帳 vol.103

アンリ・マティス、すばらしいとは? 僕らの学習帳 vol.103

芸術やアートにおいて、「すばらしい」の基準ってわかりますか? 美術の授業では、昔の人の有名な絵を見せられて、これがすばらしいと説明されることがよくありました。でも、その基準が、有名な人が書いたからすばらしいのか、リアルだからすばらしいのか、上手いからすばらしいのか、よくわからないことって、よくありますよね。 実は、この「すばらしい」の基準は、アート思考かどうかなんです。つまり、自分なりの答えを見つけているかどうか、です。 たとえば、全く似ていない肖像画が、アートの世界で

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花職人かアーティストか 僕らの学習帳 vol.102

花職人かアーティストか 僕らの学習帳 vol.102

アーティストのように考える。それは、どうすればできるでしょうか。上手に絵を描けるようになること、陶芸にハマってみること、歴史的な芸術に対する知識を深めること。 どれも必要ありません。必要なことは、「興味のタネ」をもち、そこから「探究の根」を伸ばすことです。そのさきにどんな花が咲くのか、そもそも花が咲くのかどうかすら関係ないことです。 ほとんどの人が、アートとは、植物で言う花の部分だと考えています。絵、彫刻、建築などの芸術作品がが見せる美しさ、この美しい表現をアートだと考え

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誰もがかつて
アーティストだった 僕らの学習帳 vol.101

誰もがかつて アーティストだった 僕らの学習帳 vol.101

「すべての子どもはアーティストである。問題なのは、どうすれば大人になったときにもアーティストのままでいられるかだ」ーパブロ・ピカソ ピカソのいうとおり、私たちは子どものまま大人になることはできません。どこかで、「子どもらしさ」を捨てて大人になってきました。 でも、なぜ大人にならなきゃいけなかったんでしょうか? 子どもは、自分だけの視点で世界を見ています。自分勝手に興味を持ち、探究して、面白いなぁってワクワクしています。でも、それらのほとんどは、お金にならないし、仕事にな

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