僕らの学習帳

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いくつになっても、遊びつづける、学びつづける 〜僕らのシリーズを始めます

いくつになっても、遊びつづける、学びつづける 〜僕らのシリーズを始めます

遊びたりない、学びたりない人たちに向けて、遊び・学びつづけていくための「場所」をつくりました。 それが、「僕らのシリーズ」です。このシリーズは、僕らの教室・僕らの放課後・僕らの学習帳の3つがあります。 僕らの教室 COOの子守祐一が、本の内容をわかりやすくまとめています。遊び・学びのきっかけとして、本の知識を伝えています。 本を読みたいけど読めなかった人、新しい知識を学びたい人、本が好きな人、問いを見つけたい人に向けて、お話ししています。 僕らの放課後 CEOの秋

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石原慎太郎はよくわからない 僕らの学習帳 vol.136

石原慎太郎はよくわからない 僕らの学習帳 vol.136

石原慎太郎という人が、世に出たのは「太陽の季節」という小説でした。この小説が芥川賞を受賞し、さらにそのセンセーショナルな描写が話題になりました。 その後、ベトナム戦争の時期に、石原さんは読売新聞の依頼でベトナムへと行きます。米軍と行動をともにしながら、ベトナム戦争の取材をして文章を書くというものでした。 この行軍作家として、ベトナム戦争を取材しているときに石原さんは驚くべき行動をします。 石原さんと日本の記者たちは、米軍将校の案内で各地を見て回っていました。そのとき、南

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人生を狂わせたフジテレビ買収 僕らの学習帳 vol.135

人生を狂わせたフジテレビ買収 僕らの学習帳 vol.135

2005年、ライブドアによるフジテレビの買収事件が大きなニュースとなりました。 このフジテレビ買収問題によって、注目を浴びたのが堀江貴文さんでした。そして、この買収に深く関係していたもう一人の人物が村上世彰さんでした。 通産省を辞めたあとに村上ファンドを設立した村上さんは、いろんな企業の株を買い占めていきました。その行動原理は、経営者は株主の利益を一番に考えるべきだという思想でした。 彼は通産省時代から通じて、財務諸表など経営に深く傾倒していました。そして、その中で日本

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堤清二が持つ二面性と自己否定 僕らの学習帳 vol.134

堤清二が持つ二面性と自己否定 僕らの学習帳 vol.134

西武百貨店の再建を成功させただけでなく、渋谷パルコやセゾンカード、西友ストアー、ロフト、リブロなど、今までになかったものを生み出したのが、堤清二という経営者でした。 彼は、詩人である青山(堤)操を母親にもち、自身も辻井喬という筆名で小説を発表するほど芸術・文化へ深く傾倒していました。 資本主義的な思想をもって経営を成功させた顔と、詩人の母親を持ち文筆業にいそしむ文化的な顔の2面性をもつ、とても珍しい経営者だったようです。 そんな中でも、彼が生み出したもので大きな衝撃を持

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渡邉恒雄が尽くした政治家 僕らの学習帳 vol.133

渡邉恒雄が尽くした政治家 僕らの学習帳 vol.133

多くの人は権力を掴むことによって世間に認識されます。そして、まるでその人がずっと権力者だったかのように、錯覚してしまいます。 でも、当たり前ですがどんな人にも若い時があり、苦労した時代があり、そして、その人なりの創意工夫や運命や出会いがあり、権力を掴むことができたのです。 いまや読売グループの代表であり、読売新聞の主筆でもある渡邉恒雄さん、通称ナベツネと呼ばれている彼もまた苦労があり、出会いがあり、きっかけがあり権力を掴んだ人でした。 週刊誌に配属された渡辺さんは、日本

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中内功と松下電器との死闘 僕らの学習帳 vol.132

中内功と松下電器との死闘 僕らの学習帳 vol.132

スーパーやドラッグストアなどで当たり前に見られる特売や値引、安売りの文字。この安売りが実現したのは、中内功という経営者がいたからでした。 彼の安売りへの道のりは決して簡単なものではありませんでした。父親の代から続いていた薬局を引き継ぎ、「主婦の店・ダイエー薬局」と名前を変えて、様々な商品を扱い始めます。 そのなかでも、彼が安売りへの熱意を向けたのが牛肉でした。悲惨な戦地での体験から、日本の人たちがすき焼きを腹一杯食べれるような社会にしたい、と考えていたからです。 そのた

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小泉純一郎はどんな「変人」だったのか 僕らの学習帳 vol.131

小泉純一郎はどんな「変人」だったのか 僕らの学習帳 vol.131

5年以上にわたって総理大臣を務めた小泉純一郎という政治家は、とても多くのことを成し遂げました。そしてその影響は計り知れないほどです。有名なところでは郵政民営化があります。 それ以外にはたとえば、官邸機能の強化を実行しました。詳しいことは省きますが、国家の予算を決める権限を、財務省から経済財政諮問会議に移動させました。簡単にいえば、財務省ではなく政治家が、予算を決定することになったのです。 そのほかにも、ハンセン病患者の方たちが受けてきた差別に対して、国家の責任を追及する訴

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江副浩正が見つけた「情報」の価値 僕らの学習帳 vol.130

江副浩正が見つけた「情報」の価値 僕らの学習帳 vol.130

「わが社は日本株式会社の人事部を目指す」 日本全体の採用活動を一手に担おうというこの発言は、壮大すぎる野望にも聞こえますが、まさにこの役割を果たしている会社があります。それが、江副浩正という稀代の企業家がつくったリクルートです。 その彼が生きた時代はどんな時代なのか。彼が東京大学に入学したのが1955年。そこから、東京大学新聞社でのアルバイトを始めて、営業としての才能をメキメキと発揮します。 1960年に入ると、日本全体が政治の季節から経済の季節へと転換します。ときは池

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田中角栄が日本に残したもの 僕らの学習帳 vol.129

田中角栄が日本に残したもの 僕らの学習帳 vol.129

田中角栄といえば、よく言われるのが人身掌握術。「人たらし」とも言われる彼のすごさを凝縮したのが、1962年の大蔵大臣の就任のあいさつでした。 大蔵官僚を前にして行った挨拶の最後は次のようなものでした。 「できることはやる。できないことはやらない。しかし、すべての責任はこの田中角栄が背負う。以上!」 自由にやっていい、どんどん提案しにきていい、上司の顔色もうかがわなくていい。責任は全部とる。そう言ってくれるトップの登場に大蔵官僚たちは、心酔したと言われています。 これほど

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